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2017年7月13日 (木)

北円堂の秘密・その16(大町阿礼・作)

歴史ファンタジー小説・北円堂の秘密(大町阿礼おおまちあれい・作)

不許複製(コピー不可)、小説の内容はフィクションです。

“話は推古帝の摂政をされた聖徳太子の事績にまで遡(さかのぼ)ることなのじゃが。兎も角、何度もそのことに挑戦はされてきたが、日の目を見ることが叶(かな)わずじまいじゃった。そこでわしはそれを遣り遂げることを晩年の仕事と定め、この山階寺に陣取ったのじゃ。仏(ほとけ)造って魂(たましい)入れずと云うことがあるじゃろう。国も同じであり唐を真似て律令を制定し国の形は漸(ようよ)う整って参ったが如何せん日本と云う共同体幻想が未だ希薄であった。多くの氏族は遠い昔に栄えた中華の秦であるとか漢であるとかの末裔を名乗り家伝を持つ者も多くいたのじゃ。しかしわしはそれらを集めて焼かせて、日本と云う国を始めることにしたのじゃ。すなわち大和魂と云う神の精を新しく造った日本の国に注入したのじゃ。建国の精神と云うところであるのだろうて。その道具立てに神々の序列の見直しと神話としての古事記の編纂、更にそれに続き漢語の日本書紀の編纂を目論んだのじゃ。神々の最高位には、国津神には遠慮して貰い、渡来氏族の天津神にも矢張り遠慮して貰い、天照大神(あまてらすおおみかみ)を置いたのである。”

“天照大神とは唐の偉大な女帝であった武則天(ぶそくてん)の名、武照(624705)の照であり、天皇とは彼女・武照(ぶしょう)の発案であったのじゃ。壬申の乱(672)を制した天武天皇は唐に友好的な勢力が支持した天皇であったから、唐の介入を受け入れて、その証として唐では禁字となっていた照を天照(あまてらす)と云う神名として用いて、武則天を神と崇(あが)めることにしたのじゃろう。日本にとっては古来、中華(中原ちゅうげん)が海の向こうにある天の原であり、高い文化を携(たずさ)えて海原を越えて渡来してきた民は神にも等しい存在であったに違いなかろう。”

“そちはわしのことを調べようと、わしの遺(のこ)した足跡を嗅(か)ぎ回っているようじゃが、何も分かるまい。わしは日本国の建国の精神を完璧(かんぺき)に仕上げた積(つも)りじゃから、その綻(ほころ)びを探そうとしても証拠は見付かるまい。唯(ただ)遠い将来において1000年先か2000年先か知らぬが日本国が唐天竺と同質になる程に成長した暁(あかつき)には、わしが施した大和魂の調合の手の内を知らしめても良かろうと考えた。じゃによってわしが集めて記紀編纂の資料とした旧辞・帝紀や諸豪族の家伝の類を燃やし尽くしたことに表向きはしているが、一部残しておく措置も取ってあるのじゃ。”

“これを暴(あば)いてしまうのは危険が伴うでな、営々と築き上げた蓬莱の日本国が国家転覆の瀬戸際とならないとも限らないのじゃ。百済(くだら)のようにじゃ、あれ程に立派な国であり、倭国などのお手本であったのに、新羅のような国に破れてしまった。民たちは自身の出自を知って仕舞うと、その古い方の共同体幻想に取り付かれてしまうでな。丁度子供が育ての親よりも生みの親に情を通ずるのに似通っている。国も同じような論理で集合離散を繰り返して来ておる。歴史はそれを雄弁に物語っている。”

“わしは倭国が任那を失って海東だけの版図の国となり今また百済の多くの遺民を受け入れて、大唐の支配下に入り、日本国と名乗るのであれば、自らの遠い昔の先祖の地の事は忘れてこの国に今や完全に根付いたことを語る物語を作ろうと考えた。古事記はその物語じゃから唐天竺の伝説や百済の神話などあるものは全部参考にして日本国の国の誕生物語に仕立てたのじゃ。殷の末裔も秦の末裔も漢の末裔も日本には嘗て大昔の事じゃが渡海して渡来し住み着いて今に至る。既に新天地のこの東海の島に立派に住み着いておるのじゃが、未だに先祖が殷だとか秦だとか漢だと言い張っていた。もうここらあたりで幾世(いくよ)も前のことは忘れて、この地が我が大地と思い定めて五族宥和(ゆうわ)して暮らす国となるべき時期が来たのじゃから。そのための共同体としての想い・幻想としてでも、国家幻想と云うのか、わしは大和魂として建国の勇者も物語には登場させたのじゃ。ヤマトタケル(日本武尊・倭建命)のことじゃよ”

“如何かな、わしに何か尋ねたいと申していたのではないのかな。”

京介と史美に似た女官は不比等公の話しを何時までも聞いていたが、言葉を差し挟む隙(すき)もなく、驚くばかりの内容であった。

“わしは父の鎌足公の好きであった六韜(りくとう)を同じく座右(ざゆう)の書としており、権謀術数には長(た)けておったようじゃ。どうしても政権争いの鍔迫(つばぜ)り合いとなると、先んじなければ遣られるでの。それでもなるべくなら血族同士で相争うことはないようにしたいのが人情じゃから。わしは四人の息子には仲良くすることはないが、いがみ合わずに自ら切磋琢磨して世に出よと申してあるのじゃ。”

“そうじゃ、肝心のそちらの質問のことじゃが、大方予想すればわしの後任となると云う長屋王については、やがてはわしの四人の息子共と政権争いになるやも知れんとわしは思うが、これとて唐の律令と云うものを日本にも制定した上は国の箍(たが)が固まっているので、国の中央の都辺りで少しばかり政権に乱れがあろうとも、日本の国体に傷が付くことは少しも無かろうと思う。大唐の威勢が此処日本にまで及んでいる今日であれば、外の国も日本国の反対勢力に加担することもないじゃろうから日本国が分裂する危険は有り得ないことになる。そのような時にも日本神話が何代かを経て定着すれば、嘗ての時代の百済を先祖とする氏族も新羅を先祖とする氏族もあるいはまた高句麗を先祖とする氏族も、一つの同じ日本神話の中で同体となり同一の夢を見ることが出来る筈じゃ。もう、東海の更に東や南へは陸地もなくこのオノコロ島で我等も我等の子孫も日本人として生きて行くのじゃと。和の精神は日本建国の精神であり、神話で繋ぎ合せた天照大神から繋がる天皇の系譜は皆の先祖の象徴としてこれからも日本の天(あめ)の下(した)を知(し)ろしめすのじゃ。分かるかな。”

“政権を争って人臣位を極めた者は、娘を天皇家に入内させて血脈を重ねることも出来ようぞ、そうではないか。”

“これまでわしが調べた史書に書かれている事は、そのようなものが多い。略(ほぼ)全てと云ってもいいくらいじゃ。権力を握っても、民はその権力を誰が認めるのかと見守りおるのじゃから。先の帝の血脈が常に流れておると云うのは分かり易い権威の与え方と云うことになるのじゃ。もっと簡単に云うと、大唐では皇帝が地上におり、天帝は天上にいるのじゃが、日本では天帝が天皇として地上に居る形を取っておるわけじゃ。”

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