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2017年7月 1日 (土)

北円堂の秘密・その4(大町阿礼・作)

歴史ファンタジー小説・北円堂の秘密(大町阿礼おおまちあれい・作)

不許複製(コピー不可)、小説の内容はフィクションです。

それで又、史美(ひとみ)に尋ねた。「じゃ奈考研でも北円堂の地下に大きな岩盤というか石室状のものが埋まっていることは判っていると云うのだね。」「そうなの北円堂の直下に至る巨大な石盤のようであり、国宝の北円堂の直下の発掘許可は文化庁から貰っていないと彼は云っていたわね。」「単なる石板なのか自然の岩盤なのか、はたまた巨大な石室があってその上に北円堂が建っているのかも知れない訳だね。」「何れにしてもこの銅板の文字列の解明をした上で改めて北円堂直下発掘うんぬんの話を計画できるかどうか大掛かりなことになるでしょう。でもこのことを報道する前にまず文献史学的にも徹底的に北円堂に祀られたという藤原不比等なる人物の歴史的真実を洗い出しておこうと云うことになったそうなのよ。」「と云う訳で古都大学歴史学教室の不肖バツイチの助手こと私、藤原史美に運命の女神が前髪で私のホッペを一撫(ひとな)でしたのよ。」「ねえお願いだからこの春休みの残り僅かの日数、私の一世一代の研究につき合って下さらない?」と史美は哀願した。

上津京介は理学部物理学科の専攻であり科学的論究においては常に冷静をモットーとしていた。史美に哀願されたところで手伝うと云ったらトンデモナイことになるのはこれまでの経験から百も承知していた。以前なんか大学からの帰りが遅くなるからと研究の中身を手伝うどころか保育園に預けている娘の綾(アヤ)ちゃんを閉園になる前に引き取っておいて欲しいとかの傍若無人の人遣いをする史美であったのだから一度手伝うと云ったが最後、女性の厚かましさには閉口することが世の男性共々よく知っていた。がしかし、京介はこれまでに史美からこれが正念場だから手伝ってと云われて手伝ってきた、結構数々の事例とは何かが違うように感じた。これまでのことなら結局、史美の勘違いであったり、史美の代わりのレポート書き程度だったのだが、今度は大きなヤマであり、手応えがズシリと感じられるような気がした。史美の一人合点ではなくて、そのバックには奈考研がいるのだ。これは面白い。漸く京介の春の退屈気分を吹き飛ばしてくれそうな歴史学上のエポックメイキングになる糸口が眼前に現れた気がした。「史美くん私で良ければ喜んで参画させて貰うよ。」ついに京介は協力をすることに快諾することとした。

「では早速だが、発掘現場を見ておきたいのだがね。」と京介が云うと、「丁度良かったわ、今日の午後、娘のアヤを別れた夫に面会させる日になっているので、今から彼に電話して北円堂の発掘現場を見せて貰えるように頼んでみるわ。」

史美が奈考研の彼に連絡のため自席に戻ったのを幸いに渇(かわ)いた喉(のど)を潤すべく漸く冷めたコーヒーカップを口に運んだ。

史美は話が付いたようで、「じゃ早速だけど午後2時に近鉄奈良の行基菩薩の噴水広場で待ち合わせとなったの。発掘調査は午前中だけで、午後は現場には誰もいないそうなので好都合だそうよ。」と漸く彼女も飲み残したコーヒーを飲み干した。「じゃ私は図書館で少し藤原不比等のことでも拾い読みしておくことにするか。」と云って京介は史美の歴史学教室を後にした。

2 「北円堂にて」

京介はあの後すぐに大学の図書館に向かい日本史の飛鳥時代から奈良時代の棚の本を物色した。何れの本も藤原不比等の名を探すのは至難の業(わざ)と云わざるを得ない程登場回数が少なかった。やや疲れて少し遅めに学食で昼食を済ませ、京介はスプリングコートを羽織って待ち合わせの近鉄奈良の噴水広場に向かった。午後2時少し前だったが、もう史美とアヤちゃんと別れた彼の3人が仲良く話をしていた。道行く人は誰でも離婚している家族とは思えない程の仲睦まじさに見えた。そもそも史美と彼の離婚の理由が京介には理解できないものであった。3年前に別れたその理由と云うのは将(まさ)に考古学と文献史学の熱い闘いというかどちらが日本歴史を塗り替えるような業績を先に挙(あ)げられるかを競うためには一緒に暮らしていられないと云うものであった。一回り年上の京介には史美たち同年夫婦の離婚と云う選択は一体何なのかさっぱり分からなかった。幼稚園1年のアヤちゃんは史美が離婚していることなど全く分かっている風ではなく二人に甘えながら噴水の周りで遊んでいた。京介が近付いていくと史美は彼に「あなた初めてよね。古都大学理学部の准教授でいらっしゃる上津先生です。」「お噂(うわさ)はかねがね家内より聞いておりました。お手伝いして下さるそうで心強いです。」と彼はその日の天気のように上機嫌であった。「では少し前置きのお話でもしてから現地に参りましょう。」と彼は東向商店街のとある喫茶店に行き付けにしているかのように入店した。大人はホットコーヒーでアヤちゃんはアイスクリームの注文をすると彼はアヤちゃんを膝で遊ばせながら「考古学の発掘調査のことについてなんですけどね。文化財保護法が制定されてから建設工事の前に埋蔵文化財調査のための発掘調査をしてきたんですよ。これが9割方でしてね。今回のように建設工事と云っても北円堂の周りに回廊を復原しようと云う程度のものなので、どれ位の範囲を調査して良いものやら、分かりませんでね。」「板囲いを外してその中を掘っていたんですよ。史美からもう聞かれたでしょうが、例の銅板の出土したという戦時中の防空壕の掘り跡までは掘り進めることが出来たんですよ。」「ところがね。礎石というか岩盤というか石室かも知れない平面的に巨大な石が地表面から数メートル下に眠っていて、どうも北円堂の直下にまで広がっていることが推測される事態となってきたのです。」「最初も云ったように北円堂そのものを解体修理でもするのなら礎石を避けてさらに地下深くまで掘ることが出来るのですけれど回廊復原工事の名目なので、そこまでは出来ません。また北円堂の解体修理は一度は行われているので当分ないそうなのです。」「奈考研でも銅板の発見がなければ少し岩盤があったけれど特に目ぼしい出土品は無いとのことで発掘調査を終えるところだったのですが、奈考研では石棺とは思わないのですが何らかの石室が北円堂の地下にあると考える意見の者が多くて奈考研の所長の案で密かに知り合いの文献史学の識者に銅板文字列の読解の糸口を探して貰うように手配してみてはどうかと云うことになって、僕は史美に早速に調べてくれないかと要望した訳なんです。他の奈考研所員もそれぞれに信用できる知り合いの伝(つて)でこの話を進めているところなんです。それで春休みなら講義も無いしどこの大学の歴史学教室も暇だろうと思った訳です。」「これで何か凄いことが発見されれば秋の考古学会にも発表出来るし何かと独立法人化で国の予算取りが難しい昨今考古学のファンを唸(うな)らせることになれば奈考研の存在意義も高まって私たちも更なる次の発掘調査に邁進できると云う訳なのです。」

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