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2017年7月 6日 (木)

北円堂の秘密・その9(大町阿礼・作)

歴史ファンタジー小説・北円堂の秘密(大町阿礼おおまちあれい・作)

不許複製(コピー不可)、小説の内容はフィクションです。

「君は北円堂の地下に石室が、いや藤原不比等の玄室があると考えているんだね。」と京介は朝から紅潮したような雰囲気の史美につられて口走った。「そうなの、上津先生もそう思わないこと?」と史美は京介の勘の良さに納得したようだった。「それで君の勘が正しければ北円堂の地下を何(いず)れ調査させて貰わねば気が済むまいね。」「実は奈考研の彼がこんなことも云っていたの。」「東向商店街の老舗中華店のこの銅板を発見した先代が云うには、北円堂の境内を囲う板塀なんか昔は何もなくて子供時代には五重塔なら上まで登れたし、北円堂の扉は閉められていたけれど基壇には上ってぐるぐる回って遊んでいたそうなの。また境内の西側は石垣になっていて、何かの祠(ほこら)のように注連縄(しめなわ)が張ってあったそうよ。それで遊んでいるうちに何かの拍子に、その祠に隠れてみようと思って入ってみたところ、ひんやりとして奥が深そうに見えたんだって。それで少し怖くなって後日探検してみようと悪餓鬼(わるがき)どもが集まって、大人の目を盗んで注連縄の奥へ入口の蝋燭(ろうそく)に火を点けて入ってみたそうよ。そうしたら、何かお城の抜け穴のような道が奥へ続いていて、2030メートルくらいで大きな石が崩れたようになっていて、そこから奥へは行けなかったそうよ。でも今回の奈考研の発掘調査により判明した北円堂の地下にまで達するような石の構造物があるのではと云う話と、この先代さんの子供時代の抜け穴の話は繋がるような気がするわ。先程、上津先生は私が藤原不比等の遺骸を納めた玄室があるのではと考えているのですねと云われたことについて、もう少し具体的に云うと、元々(もともと)平城遷都した際に、平城京のエリアには多くの古墳が存在していて今も開化天皇陵は三条通りのホテルフジタの西隣りにあるし、若草山の頂上には鶯塚古墳もあるの。だから北円堂の建っている外京の高台の外れは前方後円墳の一つや二つあったとしても可笑しくはないの。つまり玄室と云っても態々(わざわざ)藤原不比等のために作ったんではなくて、山階寺の山荘として藤原不比等が使用していた場所が嘗てのこの地の豪族・春日氏か和邇(わに)氏か分かりませんがその豪族の長の古墳があり、立派な石室を持つ構造のものがありそれをそのまま利用して藤原不比等の遺品を納めてその上に土盛りでもして、北円堂を建立したのではないかと考えている訳なの。その遺品の中には藤原不比等が生涯を通して身辺に離さず置いていた聖徳太子いやその後の天武帝時代の歴史書であった帝紀・旧辞などの今は無いものと云うことになるの。恐らく藤原不比等は記紀の編纂を済ませた後はそのバックデータとなる歴史資料は全て処分したとは思われるけれど最後の一部は、自身が真実の歴史家としての自負がそうさせたのか分からないけど、持ち続けていたと考えることが出来るわ。でもしかし藤原不比等はその膨大な嘗ての史書を例え一部であっても残したままで世を去ると、それを見付けた者は折角作り上げた記紀の世界を、元の史書に戻って脚色したところや創造した箇所を見抜いてしまい、藤原不比等の日本国の歴史書を纏(まと)め上げると云う大事業の狙いを粉々に粉砕されてしまうことを恐れたと思われるの。しかし、ここが藤原不比等の幼い頃の原体験に根差すものと云えるのか最後の一冊だけはどうしても処分する気にならなくて自分と一緒に玄室に葬って欲しいと遺言していたのではないでしょうか。だから北円堂の地下にはひょっとしたら帝紀や旧辞や多くの豪族たちの史書が山と積まれて現存している可能性がある訳よ。これが発見されれば文献史学の世界は数十年に亘って日本史ブームとなるくらい騒然となるでしょうね。分かります!上津先生。」

一気にまくし立てる史美にしばしば呆然(ぼうぜん)とした京介であったが一言口を開いた。「君の推論は少し暴論に過ぎはしないのかい。文字列だけを素人目だけど逆さまに見てもどうしても北円堂の地下に記紀以前の昔の史書の木簡だか巻物とかが残っていると考えることは出来ないのだがね。僕の正直な気持ちとしてはね。」「もう少し冷静にならなければ一挙にそんな妄想を誰も信じては呉れないと思うよ。君の論理が飛躍し過ぎだよ。」「銅板の漢詩が藤原不比等のものだというのは確からしいけど、もう片面の文字列の解釈については、云っては悪いが君のような文献史学であっても入って日の浅い学者の推論だけでは心許(こころもと)ないね。」

これを聞いた史美は少し脹(ふく)れっ面をして言った。「歴史学教室の大御所たちには、未(ま)だこの銅板発見の話を云ってないの。それは奈考研の方針で、まだ所内機密扱いですから、私は彼いや元夫から内々で頼まれているのですから、仕様がないじゃないの。」「それに文献史学の大御所たちは木簡や銅板いや三角縁神獣鏡のようなものに彫られた文字には冷たい態度をとるのよ。紙に書かれたものだと有難がるんですけどね。」「太安万侶の墓誌でも未(いま)だに疑っている先生もいらっしゃるくらいだから、後世の捏造(ねつぞう)だと難癖(なんくせ)を付けてね。分かるでしょう、間違ったような大御所たちの揺るぎない気位の高さが。だからそういう思い込みにどっぷり浸(つ)かっていない柔らかい頭を持っている、私のような若い史学者が最適な訳なのこのような問題には、でもそれには協力者が要(い)るの。」とまた史美は「お願い」を繰り返すのだった。

史美のくれたプリントに天武天皇の詔の箇所があり「日本書紀天武天皇10年(辛巳)3月丙(ひのえ)戌(いね)(17日)。天皇御于大極殿。以詔川嶋皇子。忍壁皇子。広瀬王。竹田王。桑田王。三野王。大錦下上野毛君三千。小錦中忌部連子首。小錦下阿曇連稲敷。難波連大形。大山上中臣連大嶋。大山下平群臣子首令記定帝紀及上古諸事。」と書かれているのを見て、京介が「キーワードとしては銅板文字列にある帝紀が最重要なんだろうね。」と云うと。「さすが上津先生、お察しが鋭(するど)いわね。」「その通りなの。」「これまで藤原不比等に掛けられていた嫌疑がこれだけで本当であるらしいことが証明されたようなものなの。」と史美は上機嫌に答えた。

「それならば旧辞は上古諸事の部分に相当する訳だろうね。」「勿論そういうことになるわ。まあ帝紀の文字で十分ではあるけれどもより強く論ずることができるわ。」

「ついでにプリントの古事記の序文にも目を通しておいてね。」と云って史美は自ら読み上げた。

「先是、浄御原天皇(天武天皇)御宇之日、有舎人、姓稗田名阿礼、年廿八、為人謹恪聞見聡慧。天皇、勅阿礼、使習帝王本記及先代旧事。未令撰録、世運遷代、豊国成姫天皇(元明天皇)臨軒之季、詔正五位上安麻呂、俾撰阿礼所誦之言、和銅五年正月廿八初上。彼書所謂古事記三巻者也

あるいは「時有舎人。姓稗田、名阿礼、年是廿八、為人聡明、度目誦口、払耳勒心。即、勅語阿礼、令誦習帝皇日継及先代旧辞。然、運移世異、未行其事矣。

「日本書紀にはないけれど古事記の序には旧辞という文字も存在するわ。」「これは銅板の文字列が記紀すなわち日本書紀と古事記の両方についてのことについて書かれていることの証(あかし)と云えるわ。」「更に云えば藤原不比等は古事記にも日本書紀にも関与していたことが、これで歴然としたことになるわ。そうでしょう。上津先生。」と史美から急に振って来られた京介は史美の押しの強さに思わず「そういうことになるね。」と本当は納得できている訳でもなかったのであるが、相槌(あいづち)を打たさせられてしまった。京介は持参したペットボトルのお茶を一口飲んでから「“帝紀と旧辞”の文字は良いとして、他の“玄室”とか“不開莫”、“全隠”、“残記”、“秘”、“藤太政”、“持逝”をどのように解釈するかという問題に絞り込まれたってところなんだね。」自分で自問自答するように呟(つぶや)いた。

「“玄室”は(貴人のお墓)だし、“不開莫”は(ひらくことなかれ)、“全隠”は(すべからくかくせ)、“残記”は(残された記録)、“秘”は文字通り(秘密にせよ)、“藤太政”は(藤原不比等その人)、“持逝”は(何かを持ってあの世へ行く)とこんな解釈が一般的なんだろうけれど、君はこんな風に文字列を読んで藤原不比等が記紀編纂時の記録のバックデータを玄室に秘蔵したのではないかと考えた訳なんですね。」

「藤原不比等が自身の歴史書に対する愛着から処分せずに手元に置いていた古事記や日本書紀の元になった書物を山階寺の山荘の玄室に秘匿してあることを銅板に認(したた)めて、まるで墓誌のように埋めさせておいたのじゃないかと、藤原不比等は荼毘(だび)に付されて佐保丘陵のどこかに葬られたと思うけれど、この興福寺の北円堂は道教の廟所のような形で藤原不比等が祀られている訳だから、藤原不比等が生前、命の次にでも大切にしていたと思われる日本の過去の歴史の書物、いや参考にした当時の中国の歴史書もひょっとしたら有るかも知れないけど凄(すご)い、文献史学にとっては垂涎(すいえん)のお宝が北円堂の地下の石造物の中にあるかも知れないってことだね。」

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